コラム
COLUMN
SDGs自分ごと化の最前線
人的資本経営は無形資産「人」を見える化し、SDGs経営を加速させる
2023年3月28日
SDGs推進企業は年々増え続けています。とくに長野県にはその重要性を認識している企業が多いことが、アセスメントの結果からも明らかです。しかしSDGsを実際に経営に取り入れることは難しく、とくに新しい事業づくりのための「人材活用術」に頭を悩ませている経営者、人事担当者は多いのではないでしょうか。
その解決の糸口となるのは、いま話題になっている人的資本経営の考え方です。見えなかった無形資産、人材資本の捉え直しによって、必要な組織づくりが見えてきます。
今回は、総合人材サービスを提供するAdecco Group Japanにおいて、サステナブル・トランスフォーメーションの責任者を務める小杉山様と、企業の人的資本経営をサポートする古河原様に、SDGs経営を目指す上で重要な人的資本経営のあり方について伺いました。
プロフィール
小杉山浩太朗
2016年ニューヨーク大学(NYU)へ進学し、ニューヨークで3年、マドリッドで1年を過ごす。
国際問題の根本的な解決、持続可能な開発の実現のために、国連やNGO、企業などとさまざまなアクションを展開。2019年には世界のユースリーダー代表として国連総会議長より国連本部での各国大使とのパネルに招待されている。2020年7月よりAdecco Group JapanにおいてSDGsを根幹に反映した企業の在り方を実現すべく、サステナブル・トランスフォーメーション(SX)の責任者として活動する傍ら、企業や個人へのコンサルティングや研修も行っている。2022年、SDGs経営やBeyond2030の在り方についての著書出版。
古河原久美
アデコ株式会社 コンサルティング部 部長
ISO30414リードコンサルタント/アセッサー
組織開発・人財開発・人事企画・採用における戦略・実行を専門とするコンサルタント。 特に浸透まで重視した仕組み作りに加え、トップマネジメントから現場まで巻き込むチェンジマネジメントといった大規模プロジェクトのマネジメント実績を多く有する。 大手金融・ITの企業人事経験もあり、組織の内側からの改革も得意とする。
忘れられがちな「人」の価値を再認識せよ
改めて、人的資本経営とは何か教えてください。
古河原:人的資本経営とは、従業員を資本のひとつとして捉える考え方のことです。人材に積極的な投資を行うことで価値を引き出し、それによって企業価値も上げるという経営のあり方を指します。
小杉山:人的資本経営は、SDGs経営とも密接なつながりがあります。
企業がSDGsを経営に取り入れるためには、3つのPをバランスさせることが必要だと言われています。それぞれ「Planet(地球)」「Profit(利益)」「People(人)」です。
前2つの「Planet(地球)」「Profit(利益)」の情報はよくメディアで取り上げられます。環境に配慮しながらも収益性のあるビジネスモデルをつくることが大事だとわかっている人は多いのではないでしょうか。
しかし3つ目の「People(人)」については見落とされがちです。
いくら素晴らしいビジネスモデルを開発しても、それを実行する人が足りない、心身ともに無理をさせられている、と言う状態はサステナブルではありません。仕組みづくりにばかりに目をやらず、それを支える人にもスポットライトを当てるべきです。
人的資本経営の考え方は、まさにこの見過ごされていた「人」の価値を可視化してくれます。そのおかげで3つのPをよりバランスしやすくなるのです。
最近よく耳にするようになった気がします。なぜ今、話題になっているのでしょうか。
古河原:今、日本で話題になっている理由は、ESG投資やSDGsの企業への浸透に加え、日本での人的資本の開示指針が公表されたことなどの影響が大きいでしょう。
実は世界的には、だいぶ前から人的資本の重要性は高まっています。リーマンショック以後、有形資産だけでは企業の価値が正しく測れないという考えが広がり、中長期的にはサステナビリティな事業かどうかが重要だと考えられるようになったのです。
日本でも、人材版伊藤レポートの発表やコーポレートガバナンス・コードの改定など、人的資本に関する記載が盛り込まれ、持続的な成長に向けた人的資本経営の取組が注目を集めています。
「何をするか」より「どんな人材が必要か」を考える
人的資本経営を取り入れるには、何が必要なのでしょうか。
古河原:まずは様々な人事の取組状況を可視化することが重要ですが、従業員の働きがい(エンゲージメント)から見直す企業が増えています。
言葉では簡単ですがエンゲージメントは掴みづらく、どのように高めればいいのか迷っている企業も多いと思います。とにかく何かしなければと、育児休暇を取りやすくしたり、ワーケーションを推奨したりと、複数の施策をバラバラに実施している企業も多いでしょう。
迷っている企業は「何をすべきか」ではなく「自社のビジョンを体現するためにどんな人材が必要なのか」の明確化することから始めることをお勧めします。
その後でそういった人材を「どのように採用したらよいのか」「どのように働いてほしいか」「どのように成長をして欲しいか」と考えることで、具体的なアクションが見えやすくなります。複数の施策を試している企業も、目的が明確になることで、何に力を入れるべきなのか判断基準が明確になります。
また、すでに何かに取り組んでいる企業は、やりっぱなしで終わらせず、エンゲージメントサーベイなどを利用しながら、継続的な計測を行うことが重要です。見える化することで、施策の効果を振り返り、改善のためのPDCAを回すことが大事です。
次の革命が、すぐ目の前に
人的資本経営、SDGsの取組は、企業の売上拡大にどのような影響を与えるのでしょうか?
小杉山:短期間で売上に影響を与えることは難しいこともありますが、中長期的には業績向上に確実な影響を与えるに大きな影響を与えると思っています。
企業活動には「従業員」「顧客」「投資家」「地域社会」など、様々なステークホルダーが存在します。人的資本経営やその概念をそもそも含んでいるSDGsを企業に取り入れることができれば、多くのステークホルダーから選ばれる企業になれます。
長野県の企業のなかにも、SDGsを経営に取り入れはじめたことで、これまでは県内の会社としか協業できなかった企業が、地域を越えたパートナーシップを結べるようになった例があると伺っています。
自社の取組をSDGsの観点で整えることで、これまでになかったいろいろなつながりが生まれているのではないでしょうか。
これから、人的資本経営やSDGsの取組はどのような広がりを見せるのでしょうか?
古河原:まず人的資本経営については、ますます重要視されるのは間違いないと思います。それに伴って、これまで見えなかったり散らばったりしていた人的資本に関するデータを効率的に管理する方法が浸透し、人的資本経営は当たり前になっていくでしょう。
ただ一方で、その流れについていける会社と、そうでない会社の二極化が激しくなるとも予想しています。新しいことに1から取り組むには時間も費用も必要です。それでも、今の流れに合わせて挑戦をしなければ、淘汰されてしまう可能性すらあります。
まだ新しい取組であり、どの企業も改めて自社のビジョンや人材について向き合うチャンスだと思いますので、挑戦を始めてもらえればと思います。
小杉山:私も同じ認識です。今の流れは一時的な流行ではなく、次の常識になると思っています。
感覚的には、「IT革命」と同じようなムーブメントになると感じています。インターネットの活用が遅れた企業が競合に遅れをとったりしたのと同じように、人的資本経営やSDGsを取り入れられない企業は取り残されてしまうかもしれません。
今が、今後の5年、10年、その先の企業の命運を左右すると言っても過言ではありません。まだ手をつけられていない企業も、変革に向けた良い機会と捉え、まずは「自社のビジョンを体現するためにどんな人材が必要なのか」というところから始めてみていただきたいと思います。