事例紹介
INTERVIEW
株式会社第一印刷
紙を使うことが社会貢献に。エシカル紙製品の推進を通して、SDGsへの理解を社会に広げていく。
2023年3月17日
安曇野市豊科で、企画・デザイン・印刷・製本など印刷業無全般を一貫して請け負う株式会社第一印刷。名刺や封筒などで使用していた紙を、人や社会、地球環境に配慮したエシカル紙に替えることを推進し、社会貢献に繋げる取組をしています。また同時に、取引先を中心に他企業へのSDGsの普及活動を積極的に行い、アクションの輪を少しずつ広げてきました。同社の代表取締役社長の萩原直基(はぎわら なおき)さん(前列中央左)と、取締役サポート室長の長谷川勉(はせがわ つとむ)さん(前列中央右)に、取組の背景や効果について伺います。*以下敬称略
雄大な北アルプスの風景を、未来に残すために
はじめに、SDGsを意識した取組を始めたきっかけを教えていただけますか?
萩原:本格的に活動を始めたきっかけは、サポート室長からの提案です。以前から、所属していた青年会議所を通してSDGsに関する話題をなんとなく聞いたことがあったのですが、当時はまだ具体的な取組のイメージができませんでしたし、通常の業務にプラスして新しいことを始めるのにハードルを感じていました。
その後、2019年の中期経営計画を立てる際に、サポート室長から「SDGsに関する取組をやっていきたい」と提案を受けたため、計画に取り入れることにしたのです。
長谷川:2019年に入ってから「SDGs」というワードや、さまざまな企業事例を少しずつ耳にするようになり、一度自分で情報収集をしました。まだまだ未知数でしたが、SDGsに取り組むことは会社にとっても必ずプラスになると感じていました。
振り返れば、10年ほど前からユニバーサルデザインの分野にアンテナを張り、視覚障がいを持つ方のために文字を読み上げるシステムを導入してきた土壌がありますし、印刷業と環境問題は切っても切り離せないので、むしろ取り組みやすいのではないかと思ったのです。
萩原:当社のある安曇野市は自然環境に恵まれた地域で、社屋の2階からは雄大な北アルプスの景色が見えます。この素晴らしい風景を未来に残していくためにも、今から私たちにできることをやっていかなければならないという思いが芽生え、2019年の8月から本格的に活動を始めました。
SDGsアクションを始めることが決定してから、どのように活動を進めていったのでしょうか?
長谷川:提案した私自身も完璧に理解しているわけではなかったため、まずは社内キックオフを経て、SDGsへの理解を深めるための勉強会を月に一度開催することにしました。
今でこそSDGsという言葉は一般的になりましたが、当時は社員の反応も薄く、ただのボランティア活動と捉えられてしまうことも。そこで、最初はハードルを下げるために「マンガでわかるSDGs」を導入し、全員に読んでもらうことにしました。静岡県の企業の実例をもとに描かれたわかりやすい入門書で、これを回し読みしながら半年ほどかけて少しずつ理解を深めていきました。
新たにプラスするのではなく、今あるものを替える
それでは、現在特に力を入れている取組について具体的に教えてください。
萩原:エシカル紙製品の活用推進ですね。エシカル紙とは人や社会、地球環境に配慮した紙製品で、使うことで社会課題の解決に貢献することができます。近年は、アフリカのザンビアの人々の健康や経済、環境保全を支援する「バナナペーパー」や、東日本大震災の復興を支援する「東北コットン CoC」など、さまざまな種類のエシカル紙が出ています。これらをより多くの方に知ってもらい、自社の名刺や封筒などに使っていただくための活動をしています。
どうしてこちらに取り組もうと思ったのでしょうか?
萩原:SDGsを意識する以前から、当社では紙のリサイクルはもちろんのこと、印刷の際に大豆などの植物性のインクを使用したり、刷り出しの枚数を削減するために工夫したりと、環境保全に繋がる活動を続けてきました。そのため、改めて今何に取り組むべきかがわからず、かなり悩みました。そのなかで、2020年8月に「SDGsを中核とする経営価値向上支援事業補助金」の存在を知り、補助金を使った事業のアイデアとして出たのが、このエシカル紙製品の普及でした。
印刷物を製造する以上、「つくる責任」として無駄削減や環境に優しい材料を使用するのは責務ですが、さらに通常の紙をエシカル紙に替えれば「使うことで社会貢献ができる」と気づき、ここに取り組みたいと考えたんです。
長谷川:安曇野市商工会にも添削していただきながら作成した申請書類が無事採択され、エシカル紙製品を紹介するための見本帳と、SDGsの特設サイトをつくりました。これらをツールにしながら、取引先企業さんを中心に継続的に商品のご紹介をしています。
実際に今までお取引したことのなかった県外の企業さんからお問い合わせをいただいて、名刺の制作をお受けした事例もあります。
自社の事業を通して、周囲へのSDGsの理解促進や啓蒙にも繋げているのですね。
長谷川:そうですね。昨年には「2030SDGsカードゲーム」を使ったワークショップを開催し、従業員だけでなく取引先の方にもお声を掛けて一緒に学ぶ機会をつくりました。それがすごく評判が良くて、参加いただいた方の中には自分の団体でもやりたい、と自らゲーム講師になった方もいらっしゃいました(笑)。そうやってアクションの輪が広がっていくことが嬉しいですね。
顧客の信頼と企業価値の向上を実感
ここまでの取組を通して、何か手応えを感じていることがあれば教えてください。
長谷川:ここまでさまざまな取組をやってきたことで、取引先をはじめとしたさまざまな企業の方に認知していただき、当社の信頼度が増したと感じています。
私たちは2020年7月に、長野県SDGs推進企業に登録されましたが、当時、安曇野市内で登録されている企業は私たちを含め6社しかありませんでした。10万人規模の市であるにも関わらず、まだまだSDGsの概念が浸透していないことに戸惑いを感じましたが、営業を兼ねて地道に普及活動をしてきたことで、最近では情報を求められたり、コラボレーションのお誘いをいただいたりすることも増えました。それが私たちのモチベーション向上にもつながりますし、企業価値を実感できて嬉しく思っています。
萩原:また働きがいの向上と専門性の高い人材育成のために、2030年までに社員の資格取得率100%を目指した支援をしていて、この2年間で社員10名のうち私を含めた4名が「自費出版アドバイザー」を取得しました。積極的に資格取得にチャレンジしているメンバーが増えていて、社員のモチベーション向上も実感しています。
2019年に取組を始めた当初、社内では「SDGs=ボランティア活動」という声もあったと伺いましたが、何か苦労したことは何かありますか?
萩原:社内浸透という点で言えば、そこまで苦労はしませんでした。これがもし既存事業とは全く異なることに取り組んでいたら難しかったと思います。でも、私たちがやってきたのは新しくプラスするのではなく、今まで使っていたものを替えるということですし、あくまで自分たちのフィールド内の取組。そのため、社員たちにとっても扱いやすく、意見も言いやすかったのだと思います。
当社の活動は基本的に全員参加なので、誰かに負担が偏ることはないですし、「マンガでわかるSDGs」や「2030 SDGsカードゲーム」など、ハードルは低いけれど全員で共有できるものを取り入れたのもよかったのかもしれません。
なるほど。SDGsに関する取組を検討している企業さんの中には、何から始めていいのかわからないという方たちもいらっしゃいます。何かアドバイスはありますか?
萩原:メディアの取り上げ方のせいか、「SDGs=環境」というイメージを持つ方が多いように感じますが、実際にはもっと一人ひとりの日常に即したものだと思っています。誰もが無関係ではないといいますか。今の自分にとって住みやすくて働きやすい環境をつくり、未来に残していくことを目指す取組だと捉えると、敷居が下がってもっと取り組みやすくなるのではないかなと思います。
たしかに、地球規模の壮大なことに捉えられがちですが、結局は一個人の生きやすさに繋がってくるものですよね。
長谷川:私が営業の立場としてよく耳にするのは、総務の方ばかり必死にSDGsに取り組もうとしていて、現場や営業を担当する方は関係ないと感じてしまっている例です。でも私は、営業こそSDGsをさまざまな発想のツールとして利用できると感じています。
SDGs17の目標に上がっている課題は、裏を返せば世の中の需要です。需要が明らかになっている上に17項目もありますから、どんな事業にもできることは必ずあると思います。上手く活かすことができれば、新しい事業が生まれたり、仕事がラクになったり、お客さんとの関係構築に役立ったりとプラスなことがたくさんあるため、ぜひ一緒に盛り上げていけたらと思います。
他企業と協同し、SDGsの取組を盛り上げたい
では最後に、今後の展望について教えてください。
萩原:エシカル紙製品の推進に関しては、今後より共感していただけるような情報発信をしていく必要性を感じています。新規のお取引が増えているとはいえ、通常の紙に比べると価格が上がるため、地元企業を中心に躊躇されている方が多いのが現状です。今まで使っていたものを替えていただくためには、私たちの伝え方もさらに工夫していかなければならないと考えています。
価格を超える価値を丁寧に伝えていく必要があるということですね。
長谷川:また、SDGsの取組に悩んでいる企業に向けて、当社の約3年間のSDGs活動を小冊子にまとめて配布したいと考えています。本日お話したような、取り組むきっかけや推進企業登録の経緯、具体的な取組などに加え、SDGs活動を進めた結果や成果など生の声をまとめていく予定です。少しでも多くの企業が積極的にアクションに取り組み、そこに当社が関わっていくことができたらいいですね。
萩原:他企業とのコラボレーションはぜひやっていきたいです。現状、私たちは自社でSDGsに関する製品を開発しているわけではないからこそ、今後どう広げていくのかは一つの課題であると感じています。その一つとして、さまざまな企業の方とご一緒して、お互いの強みを活かしながら社会課題の解決に向けた取組を実施していけたら嬉しいですね。
長谷川:長野県のSGDs推進企業同士で気軽に繋がれる機会があったらいいですよね。セミナーだけでなく、取組を進めていく上での悩み事を共有したり、カードゲームのワークショップをやったりするような、ざっくばらんなコミュニティがあると、より今後の取組にも繋がっていきやすいのではないかと思います。
株式会社第一印刷
安曇野市豊科にて、昭和43年に創業。50年以上地域に寄り添い、蓄積してきたノウハウと、企画・デザイン・印刷・製本まで社内で一貫して製造できることを強みに、パンフレットや名刺、書籍など印刷物全般を請け負う。近年では、SDGsへの貢献を考えたエシカル紙製品をPRしながら、SDGs普及活動にも力を入れている。現在、10名の社員が在籍中。